第117回高官国際セミナー 平成13年(2001年)1月15日から同年2月16日
1 研修の主要課題

 第117回高官国際セミナーは,「マネーロンダリングの現状と対策」を主要課題として行われました。

 マネーロンダリングとは,犯罪行為により生じた財産につき,その不法な性質又は起源を隠匿する目的で,当該財産を転換し又は移転することをいいます。典型的には,その犯罪収益をある国から他の国に,物理的に又は電磁的に移転したり,複雑な経済取引を経由することにより,その起源をあいまいにするなどの手法が取られています。

 マネーロンダリングは,国際社会にとって,ますます大きな脅威となりつつあります。マネーロンダリングは,国家経済及び世界的な金融制度,法の支配,並びに基本的な社会的価値観の信頼性を損なうものである。金融活動作業部会(FATF)の報告(1998年)によれば,世界中で洗浄された金額は,不正な薬物取引に起因するものだけで年間3000億米ドルから5000億米ドルにのぼるものと推計されています。これに経済犯罪及び薬物犯罪以外の犯罪による違法な資金で洗浄されたものをも含めると,その金額は2倍以上に達するものと考えられています。

マネーロンダリングは国際犯罪組織の影響力の下で遂行されており,アジア・太平洋地域を含む世界中の様々な国に深刻な問題をもたらしています。そして,マネーロンダリングは,今後,法律家,会計士,及び財務・金融アドバイザーといった専門家を利用することにより,更に巧妙な手口で行われ,摘発がより困難になるであろうと予想されています。

これまでにも,世界中で,様々なマネーロンダリングの事件が起きています。その有名な例の一つが,1984年4月に摘発された「ピッツア・コネクション」と呼ばれる薬物売買をめぐる事件です。この事件では,38名の被疑者が,ニューヨーク市において,ヘロインの密売とマネーロンダリングにより起訴されました。この事件では,マネーロンダリングを行うに当たり,犯罪組織のネットワークが,アメリカ合衆国やスイスの大銀行とも通謀して,犯罪の遂行に重要な関わりを持っていたことが明らかにされ,また,一連の犯罪において,東南アジアのけしの栽培地帯と,アメリカ合衆国内でマネーロンダリングの犯行の舞台となったピザパーラーチェーンが密接につながっていたことが明るみに出ました。

また,類似の事件として,1991年7月には,捜査当局により120億米ドル以上の資産が差し押さえられたクレデッィト・アンド・コマース・インターナショナル(BCCI)銀行の大規模詐欺事件があり,同事件の捜査を通じて,同銀行による複雑なマネーロンダリングの仕組みが明らかにされました。同銀行は,薬物の密売人,テロリスト,独裁政権,諜報機関,武器商人といった,莫大な資金を持ち,多大の投資効果をねらう者達を積極的に探し,資産の隠匿のための避難所(safe haven)としての役割を提供することに努めてきました。同銀行は,ペーパーカンパニー,海外の資産避難所(off-shore financial centers)の利用,銀行の守秘義務,及び銀行の複雑な組織機構等を利用することにより,種々の犯罪を遂行し,又はこれを助長してきました。

 国連は,マネーロンダリングのこうした深刻な状況に対する認識に基づき,積極的な取組を行い,1988年12月に採択された麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約においては,その第3条第1項に,マネーロンダリングを規制するための規定を設けています。そして,この条約については,現在,我が国を含む108国が批准するとともに,批准に必要な国内法の整備を行っています。しかしながら,この条約は,薬物犯罪に関して制定されたものであるため,マネーロンダリングに関する規定の対象範囲も麻薬犯罪に限定されています。

 また,これと同時期の1989年にパリで開かれたアルシュ・サミットにおいて,マネーロンダリング対策を検討するための機関として,金融活動作業部会(FATF)が設置されました。そして,同部会により,1990年4月,マネーロンダリングに関する「40の勧告」を含む報告書が公表され,同勧告において,マネーロンダリングに対して取るべき行動に関し,司法制度及び法執行,金融制度及びその規制,及び国際協力の在り方にまたがる包括的な方針が示されました。この勧告に基づいて,各国は,例えば,疑わしい金融取引情報を収集し,匿名口座,仮名口座の開示を強制しうる金融情報機関(FIU)の設置等を行うべきものとされました。この勧告は,各国に対して強制力を持つものではないが,FATF加盟各国は,マネーロンダリングと闘うことを固く政治的に誓約しています。その後,1996年には,上記勧告は,近時のマネーロンダリングの傾向や将来起こり得る新たな脅威を考慮して,修正が施されました。

これらの動きと同様に,1994年,イタリアのナポリにおいて,国連組織犯罪対策閣僚級会議が開催され,「国際組織犯罪に対するナポリ政治宣言及び世界行動計画」が採択されました。同宣言は,その後,国連総会によって承認されている。さらに,国連において,国際組織犯罪対策条約起草特別委員会が設置され,同委員会により,国際組織犯罪に対する包括的な国際条約の起草作業が行われています。同委員会の審議過程において,国際組織犯罪と闘う上で,マネーロンダリングの前提犯罪(predicate offences)は,薬物事犯に限定されるべきではなく,また,より効果的な対抗策を導入すべきであることが,広く認識されるに至りました。また,こうした国際的な懸念を背景として,1997年2月,アジア及び太平洋地域において,国際的なレベルでマネーロンダリング対策を検討するため,アジア・太平洋マネー・ロンダリング対策グループ(APG)が設置されました。

 このような状況を踏まえて,国連の犯罪防止及び犯罪者処遇に関する地域研修所の一つである当研修所としては,今後数年間に実施する一連の国際研修及び国際セミナーを「国際組織犯罪対策」という総合的な課題の下で実施することとしており,今回のマネーロンダリングに焦点を当てたセミナーも,国際的な重要課題に対する当研修所の継続的な責務の一環として実施されたものです。

 本セミナーにおいて議論された事項は,次のとおりです。
(1) マネーロンダリングの現状
マネーロンダリングの具体的事例(その金額,規模等)
主な国際組織犯罪集団及びその活動状況
(2) マネーロンダリング対策の現状
マネーロンダリングの犯罪化
マネーロンダリングの前提犯罪の範囲及びその拡大
金融情報機関(FIU)の機能と活動
銀行及びその他の金融機関の協力
不法収益の没収・追徴
マネーロンダリング対策のためのその他の制度及び戦略
(3) マネーロンダリングに関する具体的事件についての捜査,訴追及び公判段階における問題点と解決策
(4) 疑わしい金融取引についての情報提供による金融機関からの協力により捜査等に成功した事例の紹介。
海外における資産避難所(off-shore financial centers, safe havens)の関与,金融情報機関(FIU)と法執行機関との間の情報の共有等のための実務上の方法。
(5) マネーロンダリングに対する効果的な捜査手法。以下の各事項についての実務の運用及び問題点。
コントロールド・デリバリー
電子的監視(通信傍受等)
おとり捜査(アンダーカバー・オペレーション)
(6) 被疑者の取調べ,証人の取調べ,捜索・差押え,尾行及び行動確認などの伝統的捜査方法に関 する諸問題(これらを活用した成功例及びその限界)。刑事免責制度等の採用,その他,マネーロ ンダリングの捜査を 容易ならしめるための戦略。


2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書は講義当時のもの)

(1) ダニエル・P. マーフィー氏(Mr. Daniel P. Murphy)
カナダ司法省刑事法局戦略的訴追政策課上席検事
*講義テーマ
「カナダにおけるマネー・ロンダリング対策」
(2) ギル・ガルバオ氏(Dr. Gil Galvao)
ポルトガル司法省国際欧州協力関係局長
*講義テーマ
「資金洗浄への対策−FATF,欧州連合及びポルトガルの経験,過去と現在の取り組み」
(3) ペーター・H. ヴィルキツキ氏(Mr. Peter Wilkitzki)
ドイツ連邦司法省刑事局長
*講義テーマ
「マネー・ロンダリングの現状と対策」
(4) スーザン・L. スミス氏(Ms. Susan L. Smith)
米国連邦司法省刑事局資産没収マネー・ロンダリング課上席検事兼国際マネー・ロンダリング主任検事
*講義テーマ
「マネー・ロンダリングとの闘い」


3 コースカウンセラーによる講義の概要(講義日程順・肩書は講義当時のもの)

(1) チェ・ジェンスン氏(Mr. Chae, Jung-Sng)
ソウル高等検察庁検事
「マネーロンダリングの現状と対策」
(2) シム・カム・ワァー氏(Mr. Sin Kam-wah)
香港警察庁組織犯罪部警視正
「マネーロンダリングの現状と対策」


4 特別講師(講義日程順・肩書は講義当時のもの)

(1) 古田佑紀氏(法務省刑事局長)
日本の刑事司法の抱える課題〜マネー・ロンダリングの現状と対策を中心として
(2) 鈴木英明氏(金融庁特定金融情報室長)
日本におけるマネロン対策


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