第121回国際研修 平成14年(2002年)5月20日から同年7月12日
1 研修の主要課題


 第121回国際研修は,「刑事司法の各段階における,拘禁に代わる社会内措置の拡充」を主要課題として行われました。

 1990年に国連総会において採択された非拘禁措置に関する国連最低基準規則 (東京ルールズ)は,第8回国連犯罪防止会議(コングレス)の勧告に基づき,様々な形態の非拘禁措置の在り方についてのガイドラインと基本が示されています。この東京ルールズは,刑務所の過剰拘禁から生ずる問題を軽減し,かつ犯罪者の社会復帰を促すために,社会内で実施可能な措置を拡充することを通して,拘禁の使用を減少させ,刑事司法運営を合理化することを目指すものです。

 2001年に開催された国連犯罪防止刑事司法委員会(コミッション)の第10回会期に提出された東京ルールズに関する調査の結果によれば,東京ルールズはその採択以来,ほとんどの国の司法運営にとって重要なものと認識され,多くの国において,法律や諸規則に非拘禁措置の導入と活用に関する規定を設けることにより,自国の制度を東京ルールズに適合させるための格段の努力が払われてきました。しかしながら,多くの国において,代替措置を採用することにより拘禁の使用を減少させようとする努力は,これまでのところ,成功したものとは言い難く,むしろ,現在多くの国において,刑務所人口の継続的な増加と刑務所の過剰収容の問題は,解決を迫られている刑事司法運営に関する最も深刻な問題の一つであります。

 こうした状況に対応して,2000年にウィーンで開催された第10回国連犯罪防止会議において採択された,「犯罪と司法に関するウィーン宣言:21世紀の課題への対応」においても,矯正施設の収容者の増加及び過剰収容を抑制するため,有効な拘禁代替措置の利用を促進することの重要性が強調されています(パラ26)。同宣言のフォローアップとして,2002年の第11回国連犯罪防止刑事司法委員会では,「ウィーン宣言行動計画のフォローアップ」決議案が審議され,刑務所の過剰収容と拘禁代替措置に関するアクションについては,各国において,可能な限り拘禁よりも非拘禁措置を優先的に活用すること,取り分け比較的軽微な犯罪の場合は,当事者間の調停など社会内で実施可能な方法を活用することが奨励されています。また,一般の人々に,拘禁に代わる措置の意義とその効果について理解してもらうための,広報活動を実施することも奨励されています。

 すべての犯罪者が改善・更生可能な者であるとは断言できないものの,大多数の犯罪者が地域社会に戻っていく現実を考えた場合,犯罪者が法を守る市民になれるよう,できる限りの援助・支援が犯罪者に対してなされるべきであり,それが結果的には,最善の公共の利益につながることとなります。過剰収容の問題を抱えた矯正施設では,職員に過剰な負担が掛かり,予算も不足し,各種処遇プログラムを運営することも難しいため,犯罪者を効果的に教育し法を守る市民として地域社会に戻すことはできません。さらに,重要なことは,犯罪者の更生の促進という観点からも,刑事司法運営に関する予算を効果的に配分するという観点からも,どうしても犯罪者を社会から隔離しなければならない場合を除き,拘禁よりも,社会内で実施可能な措置をできる限り活用することが望ましいと一般に考えられています。

 以上述べてきたように,社会内で実施可能な様々な措置を活用可能にすることは,差し迫った課題であり,この際,なぜこれまで拘禁に代わる措置は多くの国において効果的,効率的に活用されてこなかったのか,拘禁に代わる手段としての社会内措置の拡充のためには何をすべきなのかについて,真剣に検討することが必要です。

 拘禁に代わる社会内措置の拡充に関しては,様々な障害が考えられますが,刑事司法の実務家の理解と支持が十分に得られないということもその一例です。多くの国で,制度としては適切な社会内措置が存在するものの,実際には活用されていないという状況が見られます。また,一般の人々の理解と支持が得られないということも,障害の一つです。というのも,地域社会の人々の協力なくしては,拘禁に代わる社会内措置を効果的に実施することは不可能だからです。また,社会内措置の実施のために,十分な人員と予算が割り当てられていないということも問題です。上述の東京ルールズに関する調査結果の結論でも述べられているように,各国において,拘禁に代わる社会内措置に対する予算やその他の資源の適切な配分について,見直しを行う必要があります。

 拘禁に代わる社会内措置には,警察,検察など裁判前の段階から判決後の段階まで,刑事司法の各段階において,様々な形態が考えられます。社会奉仕,保護観察及びその他の社会内における指導・監督,薬物に関するプログラムに参加すること等の条件により社会内で刑に服することが可能な条件付判決,罰金,弁償,電子監視,仮釈放等の条件付釈放などがその例であり,これらの措置はいずれも,拘禁を避けるか,拘禁の期間を短くすることを狙ったものです。これらの比較的伝統的な方法に加え,いくつかの国々では,最近,新しい社会内措置も実施されており,その一例が修復的司法の考えに基づく措置です。これも拘禁の使用の抑制につながる可能性を含むもので,通常裁判前の社会内ダイバージョンプログラムとして実施されています。すなわち,警察官あるいは検察官がダイバージョンの適用が適切であると判断した場合,被害者,犯罪者の家族や友人,地域社会の人々等が参加する,紛争解決のための話し合いの場を提供するプログラムに,ケースが付託されるというものです。本研修においては,以上述べてきたような,あらゆる形態の拘禁に代わる社会内措置が議論の対象とされます。

 以上の趣旨を踏まえ,本研修は,研修員に,拘禁に代わる社会内措置の活用に関するこれまでの実情及び課題を相互に学び,今後,拘禁の使用を最小限に抑え犯罪者の更生を促すため,刑事司法の各段階において拘禁に代わる社会内措置を拡充していくためには,どのような方策が必要なのか検討する機会を提供することを目的として実施されました。

 本研修における議論の焦点は,次のとおりです。

(1) 各国における拘禁に代わる社会内措置を拡充する必要性について考察する。
(2) 各国における拘禁に代わる社会内措置に関する制度及びその活用の現状について検討する。
(3) 拘禁に代わる社会内措置の活用に関する問題点を分析し,その解決策を模索する。

2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書は講義当時のもの)

(1) ステファン・ボーン氏(Mr. Stephan Vaughan)
オーストラリア保健・高齢者担当省国家薬物対策班担当部長
*講義テーマ
「オーストラリアにおける薬物関係犯罪者に対するダイバージョンプログラムの導入」
「オーストラリアにおけるダイバージョンプログラム」
(2) トニー・ピーターズ氏(Dr. Tony Peters)
ベルギー ルーヴェン・カトリック大学刑法及び犯罪学部教授
*講義テーマ
「社会内制裁から修復的司法まで−ベルギーの例」
(3) リチャード・ズブリッキ氏(Mr. Richard Zubrycki)
カナダ警察省長官官房矯正保護部長
*講義テーマ
「カナダにおける拘禁に代わる社会内措置」
(4) タピオ・ラッピ・ゼッパーラ氏(Dr. Tapio Lappi-Seppala)
フィンランド国立司法政策研修所長
*講義テーマ
「刑務所人口−世界的傾向といくつかの例外」
「拘禁に代わる社会内措置を拡充するための方策−ヨーロッパの場合」
「社会内措置を拡充するための方策−いかにして受け入れられ実施するか」
(5) ウー・シク・チュン氏(Dr. Woo Sik Chung)
大韓民国西江大学社会事業学部教授
*講義テーマ
「韓国における社会奉仕命令」
「韓国における保護司制度」
(6) アン・ビー・リヤン氏(Ms. Ang Bee Lian)
シンガポール コミュニティ開発・スポーツ省更生保護局長
*講義テーマ
「シンガポールにおける保護観察制度」
「シンガポール保護観察制度におけるボランティアの活躍」

3 特別講師(講義日程順・肩書は講義当時のもの)

(1) 東川憲治氏(警察庁長官官房国際部国際第一課国際協力推進官)
*講義テーマ
「警察における逮捕以外の捜査手続き等について」
(2) 藤本哲也氏(中央大学法学部教授)
*講義テーマ
「日本の刑事司法制度における,拘禁に代わる社会内措置に関する制度の特徴と課題(主要外国との比較を含む)」
(3) 平井愼二氏(国立下総療養所医師)
*講義テーマ
「薬物需要削減対策と各機関施設の機能の発揮」
(4) 小田晶彦氏(国立下総療養所医師)
*講義テーマ
「依存症,中毒精神病,法の運用について」


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