第125回国際研修 平成15年(2003年)9月8日から同年10月31日
1 研修の主要課題

 第125回国際研修は,「薬物不法取引及びこれに関するマネーローンダリングに対する効果的対策」を主要課題として,行われました。

 薬物不法取引は,世界的に重大な社会問題である薬物濫用を助長するのはもちろんのこと,同取引に関与する犯罪組織に巨額な利益をもたらし,それら犯罪組織の維持や活動の拡大のための資金源となり,またその利益の多くが,経済・金融の表舞台に流入して,経済・金融制度の廉潔性及び安定性を損ないかねない悪影響を及ぼします。のみならず,薬物不法取引による利益がこれに関与する犯罪組織から,関連するテロリスト集団に流れているとの指摘があります。薬物不法取引及びこれによる利益がもたらす資金は,国の健全な経済や金融の発展,法の支配,ひいては国家の安全も脅かす重大な脅威となりつつあります。アジア太平洋地域の国々もその例外ではありません。

 法執行機関は,薬物不法取引に絡む犯罪の予防に努めるとともに,法的捜査手段を尽くし,それらを効果的に活用してそれらの犯罪を徹底的に検挙しなければならないことは言うまでもありません。そのため,従来から様々な手法が試みられ,また,おとり捜査やコントロールド・デリバリーなども活用されてきました。一方,薬物不法取引の目的がもともと経済的利益の追求にあることに着目すれば,薬物不法取引による利益自体やこれによって得られた財産を剥奪し,あるいはこれを隠す行為を直接的に規制し,あるいは処罰することにより,犯罪者達の更なる犯罪への動機付けを絶って薬物不法取引を防止するとともにその資金源を枯渇させて犯罪組織の機能を弱め,その撲滅を図ることができるはずです。薬物不法取引による利益,つまり不法収益をマネーローンダリング(資金洗浄)によって,合法的に得た財産であるかのような外観を作出する行為自体を処罰し,あるいはその不正な資金を犯罪者から剥奪するのです。マネーローンダリングの犯罪化などは,薬物不法取引に対する新たな取組みへの道を開きました。

 しかしながら,現実には技術革新及び経済・社会のグローバル化によって,不法収益の洗浄がますます容易に行われるようになり,国際的な経済・金融システムを脅威にさらしています。国連などの調査によれば,世界中で毎年5,000億米ドルから1兆米ドルもの不法収益が洗浄されているといわれています。その大半は,薬物不法取引によるものであるといわれます。

 犯罪者達は,犯罪を遂行する一方で,合法的な事業に寄生して有害な影響を及ぼし,あるいは,その巨額な不法収益等を用いて公平で公正な競争をゆがめるなど,種々の悪影響を及ぼしています。その上,マネーローンダリングの手口は,例えば,ペーパーカンパニーや海外の資産避難所(off-shore financial centers)を巧みに利用し,地下銀行あるいは弁護士や会計士等の専門家の関与といった手法を取るなどして,ますます巧妙化し,また急速に世界的な犯罪組織のネットワークが成長しつつあります。

 この問題の重大性は次第に認識されるようになり,薬物不法取引及びこれに関連するマネーローンダリングに有効に対処するための様々な国際的な取組みがなされてきました。国連は,1988年,「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」を採択し,同条約は,締約国に対して,マネーローンダリングの犯罪化及び薬物不法収益の追跡,凍結及び没収のための措置を採ることを要求しています。さらに,国連は,2000年に,「国際組織犯罪の防止に関する国際連合条約」を採択して各国に対して国際組織犯罪対策のための包括的な法的武器を与え,マネーローンダリングに関しては,その前提犯罪を薬物犯罪だけでなく重大犯罪一般に拡大するよう締約国に求めています。国連麻薬及び犯罪オフィスもまた,マネーローンダリングに対するグローバルプログラムを実施するなど,種々の分野において,この問題に積極的に取り組んでいます。

 先進7か国サミットは,1989年,「資金洗浄に関する金融活動作業部会」(FATF)を設置しました。FATFの策定したマネーローンダリング対策に関する「40の勧告」は特筆に値します。同勧告は,マネーローンダリングに対して取るべき方針を包括的に示した国際的なスタンダードです。FATFは,その29の参加国及び地域における同勧告の実施を,自己査定及び相互評価によって検証するとともに,マネーローンダリング対策が不十分と認められる非参加国を「非協力国及び地域」として公表しています。また,地域単位での活動も積極的であり,例えば,アジア・太平洋マネーローンダリンググループ(APG)は,1997年以降,アジア・太平洋地域において,国際的に受け入れられているマネーローンダリング対策の基準の遵守を促進すべく,この問題に取り組んでいます。

 薬物不法取引及びそれに関するマネーローンダリングが秘密裏に行われる複雑な犯罪であることから,薬物不法収益の特定・追跡及び保全も含め,これらの犯罪を検挙することには多くの困難が伴います。これらの犯罪に対処するためには,前記国連条約や国際的な基準を踏まえて国内法制度を整備して新たな法的武器の導入を図るとともに,捜査技術の向上を含むその効果的な運用に努める必要があります。

 さらに,これらの犯罪がその性質上国際的な性格を帯びることに照らし,犯罪者及び不法収益にとっての安全な避難場所を作ることのないよう,各国が足並みを揃えて対策を講じ,かつ協力し合うことが不可欠です。法制度整備や対策を怠り,あるいは協力を拒む国があれば,不法収益は,たちまちその国に流れ,洗浄されてしまいます。したがって,国際協力の必要性,すなわち,情報交換のメカニズム並びに捜査共助及び引渡しが,効果的かつ迅速に行われる必要性が強調されなければならなりません。国際協力を強化しなければ,「薬物との戦い」に勝つことはできません。

 このような諸事情を踏まえて,国連の犯罪予防及び犯罪者処遇に関する地域研修所の一つである当研修所は,今回の主要課題を「国際組織犯罪対策」の一環として位置づけ,そのための国際研修として実施するものです。

 以上の趣旨を踏まえ,本研修は,薬物不法取引及びこれに関するマネーローンダリングに対する効果的な対策を探究することを目的としています。研修参加者から提供される教訓や成功した実例を共有し,議論することによって,薬物不法取引及びそれに関するマネーローンダリングに対するより効果的な対策を探究することが可能になると考えられます。

 本研修における議論の焦点は,次のとおりです。
 (1)  薬物犯罪とマネーローンダリングの現状と問題点等
   (i)         薬物犯罪(薬物濫用,薬物の密造及び国内外における薬物不法取引に関する統計,具体的事例,取引の国内外における経路,近年の傾向等)
   (ii) 薬物不法取引及びそれ以外の犯罪を前提犯罪とするマネーローンダリング(それぞれの統計,犯罪手口,具体的事例,近年の傾向等)
   (iii) 上記犯罪に対する犯罪組織の関与について
 (2)  薬物不法取引及びそれに関するマネーローンダリングに対する効果的な捜査手法及び方策に関する実務及び問題点等
   (i)         コントロールド・デリバリー
   (ii) 電子的監視及び通信傍受
   (iii) おとり捜査
   (iv) 刑事免責制度
   (v) 情報提供者の利用
   (vi) 証人保護(捜査段階及び公判段階の双方を含む)
   (vii) その他捜査上有効な制度等
 (3)  マネーローンダリングを規制するための法制度の整備状況,その運用上の問題点及び解決策等
   (i)         薬物不法取引に関するマネーローンダリングの処罰に関する法制度
   (ii) マネーローンダリングの前提犯罪の範囲及びその拡大
   (iii) 疑わしい取引の報告制度の設置,金融情報機関(FIU)の導入と活動
   (iv) 銀行及びその他の金融機関の協力
   (v) 不法収益及び財産の没収,刑事/民事没収,凍結制度(保全制度),追徴,アセットシェアリング及び関連制度
   (vi) 立証責任の転換及び検察官の立証を軽減するための措置
   (vii) その他,マネーローンダリング対策のための制度等
 (4)  薬物不法取引及びこれに関するマネーローンダリング罪に関する国際協力の現状と課題
   (i)         情報交換
   (ii) 捜査共助
   (iii) 逃亡犯罪人引渡し
   (iv) 共同捜査とボーダーコントロール

2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書きは講義当時のもの)

(1)  トニー・クオック・マンワイ氏( Mr. Kwok Man-wai, Tony )
 連合王国  元中華人民共和国香港特別行政区汚職対策独立委員会
 次長兼執行部長
 *講義テーマ
   「 マネーローンダリング及び汚職に関する捜査」
(2)  ハンス・ニルソン氏( Mr. Hans G Nilsson )
 スウェーデン EU司法協力課長
 *講義テーマ
   「 捜査共助及び犯罪人引渡しの分野における国際的発展」
   「 捜査共助分野における特殊な捜査手法及び発展」
(3)  リンダ・サミュエル女史( Ms. Linda Samuel )
 アメリカ 司法省資産没収・マネーローンダリング課次長
 *講義テーマ
   「 マネーローンダリングに対する米国の取組みにおける問題点」
(4)  ピーラパン・プレンプーティ氏( Mr. Peeraphan Prempooti )
 タイ マネーローンダリング対策庁長官
 *講義テーマ
   「 タイにおけるマネーローンダリングと対策」
(5)  ジャン・ポール・ラボルド氏( Mr. Jean-Paul Laborde )
 フランス 国連薬物犯罪オフィステロ防止課長
 *講義テーマ
   「 国際組織犯罪防止条約の概要」

3 特別講師(講義日程順・肩書きは当時のもの)

(1)  野口元郎氏( アジア開発銀行法律顧問 )
 *講義テーマ
   「 マネーローンダリング及びテロ資金供与に対する国際的な取組み」
(2)  須藤純一氏( 警察庁生活安全局薬物対策課長補佐 )
 *講義テーマ
   「 日本における薬物不法取引に対する警察の取組み」
(3)  渡邊徳昭氏( 東京地方検察庁刑事部副部長 )
 *講義テーマ
   「 薬物不法取引及びマネーローンダリング事犯の捜査における問題点」
(4)  金井達也氏( 金融庁総務企画局総務課特定金融情報室長 )
 *講義テーマ
   「 マネーローンダリング対策」


Top.gif