第126回高官国際セミナー 平成16年(2004年)1月13日から同年2月13日
1 研修の主要課題

 第126回国際研修は,「グローバル社会における経済犯罪〜国家の健全な発展に対する影響」を主要課題として,行われました。

 各国における経済の持続的な発展は,国家が繁栄し,人間が幸福を追求していく上で必要不可欠な要素のひとつです。21世紀を目前に,多くの国で民主化が進み,また市場主義経済が進展しました。その後,世界の経済発展が減速に転じた中にあっても,各国は自国の健全な経済発展のために,構造改革を実施したり,自由貿易を推し進めたりする努力を続け,経済のグローバル化は進展しています。経済発展の段階は各国において異なるが,いかなる国においても,国民の財産である国家財産を守り,経済取引を円滑に推し進めて,健全な国民経済の発展を目指すことは欠かせない課題といえます。ところが,経済のグローバル化に伴い,経済犯罪においてもグローバル化が顕著となるとともに,その手口はより複雑化,巧妙化の様相を見せ,捜査をますます困難にしています。経済犯罪は,被害者個人に財産的な損害を与えるにとどまらず,時に,国民の財産である国家財産を流出させたり,経済取引の不可欠の前提となるべき取引の信用を阻害して投資を鈍らせたりして,一国の健全な社会経済発展の基盤を揺るがしかねない事態を引き起こしています。そこで,各国が経済犯罪に取り組む重要性を再認識し,効果的な対策を検討することが強く望まれます。

 国連においても,既に1985年の第7回コングレスにおいて,国際経済秩序確立のための重要な要素として犯罪防止を議題として取り上げ,1990年代にも,国連の犯罪防止及び司法委員会(コミッション)の決議などにおいて,経済犯罪を,国際犯罪,組織犯罪,マネーローンダリングとともに国連の優先的課題として取り扱いました。2000年の第10回コングレスにおいては,「21世紀の課題への対処」と題する主要議題の下に設けられた実質議題の一つである「新たな進展に即応した効果的犯罪防止」に関し,犯罪防止策が各国の発展の度合いに応じておのずと異なることが再認識されるとともに,体制移行期における犯罪の増加に対する犯罪防止の新たな戦略などが議論されました。そして,2005年にタイ(バンコク)で開催予定の第11回コングレスにおいては,「継続的な発展を阻む経済・金融犯罪」を全体討議における仮議題の一つに,また「マネーローンダリングを含む経済犯罪対策」をワークショップのテーマの一つに,それぞれ掲げて,経済犯罪に取り組む姿勢を改めて明確に打ち出しています。

 経済社会構造の変化のみならず,近年の情報通信技術や交通手段の飛躍的発展により,商業・金融取引を中心とする経済活動のグローバル化,多様化が促進され,またそれら取引量も飛躍的に増大して,国境を越えた経済活動が頻繁かつ多量に行われるに至っているが,これらは他方で,経済犯罪の手口の巧妙化,複雑化,グローバル化及び犯罪の大規模化をもたらしています。さらに,ここ数年のコンピュータの普及やインターネット利用者の急速な増加,カード社会の進展といった現代経済社会をとりまくIT化は,そのような経済犯罪の傾向を一層押し進めています。インターネットを手段とした犯罪は,その性質上,容易に国境を越え,捜査をより困難にしています。このように,グローバル社会における経済犯罪は,一国内にとどまらず,国境を越えて行われることから,国際社会にも深刻な影響を及ぼし,ひいては,世界経済の健全な発展を阻害するおそれがあるため,国際協力を推し進めて有効な対策を講じる必要があります。

 グローバル化が進行する現代社会における経済犯罪の大きな特徴の一つとしては,犯罪が組織的に敢行されるということがあります。経済犯罪がグローバル化,大規模化,複雑巧妙化するに伴い,必然的に犯罪が多くの者により組織的に行われることとなり,これが犯罪の防止や捜査を一層困難にする要因となっています。企業犯罪などはそのような組織的に行われる典型であるが,そのような場合には,被害も大規模化し,経済にも多大の悪影響を及ぼします。この点で忘れてはならないのは,いわゆる「犯罪組織」の関与です。犯罪組織は,麻薬,人の密輸,銃器の売買といった非合法な活動に従事するのみならず,会社経営にも乗り出し,巧妙に合法な経済取引を装って,経済犯罪の分野でも多額の不法な利益を得ています。国連も,2000年〜2001年にかけて「国際組織犯罪の防止に関する国際連合条約」と銃器取引,不法移民及び人身売買に関する3つの議定書を採択し,組織犯罪に対する適切な法的措置を採ることを締約国に義務づけています。このように組織的に敢行される経済犯罪は,国内経済のみならず,世界経済に対しても多大な損害を与えかねず,社会的な重大問題ともなり得るため,早期に有効な対策を講じる必要があります。

 さらに,国民経済に大きな影響を与える経済犯罪の一つとして,汚職を論じることが不可欠です。汚職は,それ自体が経済犯罪であるばかりでなく,多くの場合において,経済犯罪を助長し又は隠蔽する温床となっています。また,汚職は,公正な経済競争を害するなど,市場経済の健全な発展をゆがめるものでもあります。この点,経済開発機構(OECD)は,健全な国際商取引を守るため,1997年に「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」を採択しています。さらに,政府高官による汚職は,本来であれば,国民の健康,教育,社会のインフラ整備等に役立つべき資金が高官の私腹を肥やすことに費やされるという深刻な結果を引き起こしています。

 グローバル社会における経済犯罪は,上記のような業務上横領,背任といった伝統的な経済犯罪に始まり,入札談合,カルテル,インサイダー取引,市場操作,金融犯罪,コンピュータ犯罪といった新しい形態の経済犯罪に至るまで,その内容,手口,共に益々多様化,複雑化,巧妙化しています。これらの新しいタイプの経済犯罪では,被害者や被害額を特定できないといった特徴を有することがありますが,それは決して被害が僅少であることを意味するものではありません。かかる経済犯罪の被害は,消費者全般に及んだり,経済取引市場の信用を阻害して一国の健全な経済取引を損ない,ひいては信用を失墜させて世界における経済競争力を奪うことにもなるからです。

 ところで,本セミナーにおいては,マネーローンダリングを独立したテーマとしては取り上げませんが,経済犯罪で得た利益は,何らかの形で洗浄されることに留意する必要があります。国連などの調査によれば,世界中で毎年5,000億米ドルから1兆米ドルもの不法収益が洗浄されていると推計されています。2000年に採択された「国際組織犯罪の防止に関する国際連合条約」では,マネーローンダリングの前提犯罪を従来の薬物犯罪から経済犯罪を含む重大犯罪に拡大するよう締約国に求めています。

 さて,あらゆる犯罪対策において「予防」は最大の犯罪対策とも言われるように,重大な経済犯罪に関しても,十分な予防措置を講じておく必要があります。そのためには,政府,企業,経済市場が,清廉性,透明性,公平性,説明責任などのグッドガナバンスを備えていることが必要であり,そのための法制度の整備と法の忠実な適用が重要です。また,これを監視する機関として,独立監視機関やオンブズマン制度が有効とされています。

 次に,刑事司法の分野においては,まず,実体法上の観点からみると,市場経済の進展に応じ,従来の刑法等では対応できない新しい形態の経済取引犯罪(証券関連犯罪等)を特定し,犯罪化する必要があります。また,経済犯罪を犯す人(あるいは法人)に刑罰を科すことの意味及び効果,あるいはその限界,刑罰に代わる行政処分等のサンクションの問題にも考察を加える必要があります。

 重大な経済犯罪及びマネーローンダリングの捜査,訴追,裁判に関しては,十分な法的手段が与えられていなければなりません。まず,捜査主体の問題としては,経済犯罪の複雑化により,金融取引やコンピュータ等についての専門知識がなくては捜査が困難な状況に陥ることも考えられるので,特別な専門家の捜査班への編入や,重大な経済犯罪を専門に扱う特別捜査機関の設置も考慮しなくてはなりません。また,重大な経済犯罪には,各国財界の有力者や政治家,高級官僚等が関与する場合も多く想定されるので,捜査官の独立性にも特別の配慮を要します。次に,捜査手法については,密行的に行われる傾向が強い経済犯罪に対しては,従来の伝統的な捜査方法に加えて,通信傍受やアンダーカバーオペレーションなどの新しい捜査方法の活用や,捜査の端緒をつかみ,関係者から供述を得るための内部告発制度や刑事免責などの活用も考慮に値します。また,経済犯罪の捜査においては,金融機関の取引記録が極めて重要な証拠になり得ることから,銀行秘密法によって捜査が阻まれることのないよう,証拠収集方法を確立しておかなければなりません。さらに,経済犯罪が割に合わないことを犯罪者に知らせるためにも効果的な不法収益没収・追徴の制度を整備するとともに,その徹底的な実施が必要となります。

 捜査を効果的に遂行するために忘れてならないのは,捜査機関,行政機関,企業等の間における情報交換などの連携・協力です。このような情報交換及び捜査協力は,国内にとどまらず,国際的な情報交換及び捜査共助が重要です。

 裁判における問題としては,経済犯罪が組織的に行われた場合には,証人が自己の刑事責任を追及されるおそれがあるという理由で証言を拒むこと,証人が犯人からの復讐をおそれて証言を拒むことなどが考えられ,いかにして関係者の証言を確保するかが問題となります。

 このような諸事情を踏まえ,国連の犯罪予防及び犯罪者処遇に関する地域研修所の一つである当研修所は,21世紀のグローバル化が進行する現代社会において生じている重大な経済犯罪に焦点を当て,本セミナーを実施するものです。

 以上の趣旨を踏まえ,本セミナーでは,グローバル化が進行する現代社会における重大な経済犯罪を取り上げ,その原因と効果的な対策を探求し,各国の今後の健全な社会経済発展に寄与することを目的としています。そこで,セミナー参加者から,自国において問題となっている重大な経済犯罪の実例を提供してもらい,議論を重ねることによって,より効果的な対策を探求することが可能になると考えられます。

 本セミナーにおける議論の焦点は,次のとおりです。
 (1)  重大な経済犯罪の実状と問題点
 (2)  効果的な対策
  ア  効果的な予防措置の在り方
  イ  効果的な法制度の在り方(実体法,手続法,捜査機関等)
  ウ  効果的な捜査と裁判の在り方

2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書きは講義当時のもの)

(1)  プラムジット・シン氏( Mr. Paramjit Singh )
 シンガポール  シンガポール警察商務局経済犯罪部副部長
 *講義テーマ
   「 経済犯罪:新たなる脅威とその対応〜シンガポールの経験」(2日間共通)
(2)  ディーパ・メタ氏( Dr. Deepa Mehta )
 インド インド警察警視監/デリー首都鉄道公社首席監察官
 *講義テーマ
   「 グローバル社会における経済犯罪:国家の健全な発展に与える影響〜インドの場合」
   「 汚職との闘い−インドの視点から」
(3)  ピーター・キアナン氏( Mr. Peter Kiernan )
 連合王国 重大経済犯罪庁(SFO)副長官
 *講義テーマ
   「 英国重大経済犯罪庁(SFO)の組織とその任務」
   「 英国における詐欺事犯の捜査と訴追」
   「 英国重大経済犯罪庁(SFO)の具体的処理事案から学ぶ」
(4)  ディミトリ・ブラシス氏( Mr. Dimitri Vlassis )
 国連麻薬犯罪事務所条約部門条約法務部犯罪条約課課長
 *講義テーマ
   「 国連腐敗防止条約の起草と交渉過程」
   「 国連腐敗防止条約の内容と将来的な見込み」

3 特別講師(講義日程順・肩書きは当時のもの)

(1)  濱克彦氏( 法務省民事局付検事 )
 *講義テーマ
   「 商法改正による企業犯罪予防策」
(2)  富岡克隆氏( 警察庁生活安全局生活環境課長補佐 )
 *講義テーマ
   「 悪質商法事犯の現状等」
(3)  井内顯策氏( 東京地方検察庁特別捜査部長 )
 *講義テーマ
   「 特捜の組織と重大経済犯罪捜査」
(4)  郷原信郎氏( 東京地方検察庁八王子支部副部長 )
 *講義テーマ
   「 企業犯罪に対する制裁」


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