第114回高官国際セミナー
平成12年(2000年)1月17日から同年2月18日
1 セミナーの主要課題
第114回高官国際セミナーは,「国際組織犯罪と闘うための国際協力−特に国際捜査共助 及び犯罪人引渡しに焦点を当てて」を主要課題として行われました。
国際組織犯罪は,国際社会の安全と主権国家の安定にとって,ますます大きな脅威となりつつあります。国際組織犯罪は,国家経済及び世界的な金融制度,法の支配,並びに基本的な社会的価値観の信頼性を損なうとともに,汚職腐敗を生む要因となり,また,特に新生民主国家や開発途上国をむしばむことが,深く憂慮されるところです。
麻薬犯罪,マネーローンダリング,暴力行為及び恐喝,汚職腐敗行為,女性や児童の不法取引,銃器の不法製造及び不法取引,不法入国者の密輸その他の組織犯罪は,アジア極東地域を含む世界のさまざまな国々において重大な問題となっています。
国連は,こうした深刻な状況に対する認識に基づいて,国際組織犯罪の問題に対し,積極的な取組を行ってきています。まず,1994年に国連組織犯罪対策閣僚級会議が開催され,「国際組織犯罪に対するナポリ政治宣言及び世界行動計画」が採択されました。同宣言は,その後国連総会によって承認されております(国連総会決議49/159。1994年12月23日採択)。
また,1998年12月9日に採択された国連総会決議53/111に基づいて,国際組織犯罪対策条約起草特別委員会が設立されました。同委員会は,国際組織犯罪に対する包括的な国際条約の起草作業,及びそれと並行して,適切な場合には,女性と児童の取引,銃器・弾薬等の不法製造及び不法取引,並びに不法入国者の不正取引の問題を取り扱う国際文書の起草について議論するとの任務を付与され,現在,同委員会において,西暦2000年末までの条約の採択を目指して,起草作業が精力的に行われております。同委員会の審議に際し,国際社会が国際組織犯罪と闘う際における主要な武器は国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しであることが,参加各国間において広く認識されるに至っています。
このような状況を踏まえて,国連の犯罪防止及び犯罪者処遇に関する地域研修所の一つである当研修所としては,今後数年間に実施する一連の国際研修及び国際セミナーを「国際組織犯罪対策」という総合的な課題の下で実施することとしており,本セミナーはそれら一連のもののうち最初に行われるものであります。
ところで,国連においては,「犯罪人引渡しに関するモデル条約(国連総会決議45/116。1990年12月14日採択)」及び「刑事事件の共助に関するモデル条約(国連総会決議45/117。1990年12月14日採択)」が既に作成されており,各国連加盟国が関連分野の立法を行う際における重要な基礎資料としての役割を果たしてきています。
また,前述の国連国際組織犯罪対策条約案の中には,既存の国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しの制度を強化するための,多くの重要な提案が含まれております。さらに,1988年に採択された麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(平成4年条約第6号)の第6条及び第7条にも,同様の趣旨の規定が盛り込まれています。
国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しの分野に関しては,長年にわたる実務と研究の蓄積があるものの,法執行機関,検察及び司法機関は,その職務の遂行に当たり,今なお数多くの困難な問題点に直面しています。
まず第一に,条約前置主義の問題があります。関係国間において国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しに関する条約が締結されている場合には,捜査・司法共助や犯罪人引渡しの実施が容易になり,迅速化されることは疑いがないところです。しかしながら,そのような条約が存在しない国の間においても,こうした国際協力が促進されなければなりません。
第二に,双罰性の問題があります。国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しに関しては,伝統的に双罰性の存在が要件とされています。しかしながら,双罰性の有無の検討は,共助や引渡しの請求国にとっても,また被請求国にとっても,しばしば多大の時間と労力を要する困難な作業です。双罰性の検討を行うためには,請求国・被請求国双方の現行法の内容と解釈に関する情報を入手することが不可欠ですが,かかる情報の入手には困難を伴うのが通例です。そのため,双罰性に関して厳格な解釈適用を求めることは,国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しの効率性と実効性を阻害する結果につながりかねません。こうした観点から,双罰性要件の撤廃又は緩和が各種国際会議等で有力に唱えられつつあり,このような状況を反映して,前記国連国際組織犯罪対策条約案には,国際捜査・司法共助の要請に関し,被請求国は,強制処分を要請された場合を除き,双罰性の欠如を理由として共助要請を拒否してはならない旨の案文が導入される可能性が高いと言われています。
第三に,国際捜査・司法共助により提供可能な共助の内容及び範囲に関して問題があります。現在,国際捜査・司法共助の一つの形態として,ビデオリンクその他の近代的通信手段を用いた,証人尋問の実施又は陳述等の提供が刑事司法に関する様々の国際会議で提案されつつあり,これを踏まえて,前記条約案にもその導入に関する規定を設けることが検討されています。
第四に,犯罪人引渡拒絶事由に関する問題があります。犯罪人引渡請求は,政治犯不引渡しの原則,自国民不引渡しの原則,請求国における死刑制度の存在,その他様々の理由を根拠として拒否される場合があります。これらの拒否事由そのものは,国際社会において既に確立した法原則となっているものもあり,それを理由とする引渡しの拒否自体が直ちに不当であるとは言い難いです。しかしながら,これらの原則が適用される結果として犯罪者が不当に罪を免れる結果となるのであればそれは不合理であり,許容し難いものと言わなければなりません。 そこで,そのような場合には,aut dedere aut judicare(引き渡せ,さもなくば処罰せよ)という別の法原則が,必要かつ適切な状況の下において適用されなければなりません。
以上の趣旨を踏まえ,本セミナーは,国際組織犯罪と闘うための国際協力,取り分け国際捜査・司法共助及び犯罪人引渡しに関する制度の効果的な適用を通じて行われる国際協力を強化し促進するための手段と方法を探求することを目的としました。世界各国に共通する諸問題に対し,他の国々がどのように取り組んでいるかについての実務的な情報や経験を交換しこれを共有することは,国際組織犯罪に対する我々の努力の一層の促進に資するものであると考えられます。
以上の観点から,本セミナーにおいて検討・議論された点は以下のとおりです。
(1)以下の事項に関係する国際捜査・司法共助事件又は犯罪人引渡し事件から生じた具体的な問題点及びその解決策
- ア 相互主義の保証
- イ 双罰制
- ウ 国際捜査・司法共助の対象となる犯罪の範囲,又は引渡犯罪の範囲
- エ 次の理由を根拠とする国際捜査・司法共助又は犯罪人引渡しの要請の拒否
- (ア)政治犯不引渡しの原則
- (イ)自国民不引渡しの原則
- (ウ)請求国における死刑制度の存在
- (エ)国際捜査・司法共助対象犯罪又は引渡犯罪についての立証不十分
(2)国際捜査・司法共助を通じて請求国に対して提供し得る共助の範囲
特に,コントロールド・デリバリー,電子的監視,ビデオリンク(クローズド・サーキット・TV)等の新たな捜査手法又は科学技術を用いた共助提供の可否が問題となった事件に関する分析検討。
(3)外国からの請求に基づいて没収した財産を,関係各国間で分配することの可否及びそのための手段方法
(4)国際捜査・司法共助条約の締結及びこれらの条約における「中央当局」に関する問題
2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書は講義当時のもの)
- (1)シリサック・ティヤパン氏(Mr. Sirisak Tiyapan)
タイ司法長官府法律顧問局上級検事
*講義テーマ
「捜査・司法共助及び犯罪人引渡しに関するタイの法制,実務及び事例;タイの経験」 - (2)ハンス・G・ニルソン氏(Mr. Hans G. Nilsson)
スウェーデン欧州連合理事会H総局第U局第V課長(司法内総務局第U局司法協力課長)
*講義テーマ
「多数国間捜査共助条約の効用。欧州捜査共助条約・同追加議定書に関する理論と実務の概要,及びEU捜査共助条約案に関する分析的検討。」
「欧州犯罪人引渡条約及び同追加議定書に関する理論と実務の概要,並びにEU犯罪人引渡条約に関する分析的検討。」 - (3)セベリーノ・H・ガーニャ,Jr氏(Mr. Severino H. Gana, Jr.)
フィリピン司法省上級検事
* 講義テーマ
「フィリピンの捜査共助法制及び捜査共助事例の概要」 - (4)マイケル・プラックタ氏(Mr. Michael Plachta )
ポーランド・グダンスク大学法学部教授(法学部第一副学部長,刑事訴訟法講座主任教授)
*講義テーマ
「国連組織犯罪対策条約の捜査共助及び犯罪人引渡し関連条項並びにその他の多数国間条約における関連条項に関する分析的検討」 - (5)ジョン・E・ハリス氏(Mr. John E. Harris)
米国連邦司法省刑事局国際課長
*講義テーマ
「捜査共助及び犯罪人引渡しに関する諸問題」
「捜査共助条約の締結の必要性及び効用並びに締結上の問題点」
3 特別講師(講義日程順・肩書は講義当時のもの)
- (1)古田 佑紀氏(法務省刑事局長)
我が国検察の現状と課題 - (2)兼元 俊徳氏(警察庁長官官房国際部長)
G8の枠組みにおける国際組織犯罪対策ーリヨングループの活動を中心として