第115回国際研修
平成12年(2000年)5月15日から同年7月7日
1 研修の主要課題
第115回国際研修は,「矯正処遇を取り巻く今日的課題とその効果的な対応策」を主要 課題として行われました。
世界各国における矯正行政は,着実な発展を遂げ,多くの成果を挙げています。
しかしながら,近時,矯正施設における過剰拘禁,過剰拘禁に伴う収容環境の改善,薬物事犯者を始めとする処遇困難者の増加及びそれらの者に対する有効な処遇プログラムの不足といった重要な課題を多くの国が抱えていることも事実です。 ところで,このような矯正処遇を取り巻く課題は,それぞれの国にとって必ずしも一様ではな く,また,時代の進展に伴い,常に変化しているものと考えられるが,そのような課題の変化に対して,矯正行政に携わる者は常に敏感でなければならず,時代に即応した有効な対応策を検討することが求められています。
このような矯正処遇を取り巻く今日的課題の効果的な対応策を検討するに当たっては,矯正施設における被収容者の処遇段階における問題点を分析し,その対応策を検討することが必要となるが,それだけでは十分とは言えず,犯罪予防活動から犯罪捜査・訴追・裁判・犯罪者の社会復帰に至るまでの各段階においても,犯罪者の改善更生の観点から効果的な対応策を統合的に検討することが重要であると考えられます。
ひるがえって,アジア・太平洋地域の国々における矯正処遇を取り巻く今日的課題に目を向 けた場合,次のような主たる問題点が存在しているものと考えられます。
第一に,アジア・太平洋地域の多くの国々が抱えている過剰拘禁の問題です。この過剰拘禁の問題の検討に当たっては,その原因を分析し,過剰拘禁の緩和に向けた対応策を検討することが求められます。未決拘禁者の収容期間の長期化や社会内処遇が効果的に活用されていないことが過剰拘禁の要因の一つになっているものと考えられることから,刑事司法手続の迅速化や社会内処遇を中心とする拘禁代替措置の有効的活用など,矯正行政を含めた刑事司法全体の観点から検討することが必要です。
第二に,刑務所における衣食住を中心とする収容環境の改善の問題です。この点については,第1回国連犯罪防止・犯罪者処遇会議において採択された「被拘禁者処遇最低基準規則」が収容環境も含めた施設内処遇の基準を定めており,各国において,その基準の履行及び充足に向けて努力がなされているところです。しかしながら,多くの国がその履行・充足を妨げる問題を抱えているのが実情です。そこで,特に被収容者の人権に深く関わる衣食住を中心とする収容環境について,基準の履行・充足を妨げる要因が何であるかを分析し,効果的な対応策を検討することが重要です。さらに,HIV被収容者を始めとして被収容者の健康管理をいかに図っていくかということも重要な問題になってきていることから,この点についても検討を加えることが必要です。
第三に,最近の受刑者の特徴と処遇の問題です。最近の受刑者処遇の課題としては,処遇上の問題を有する受刑者に対する効果的な処遇技法の開発及びその推進がますます必要になってきています。こうした処遇上の問題を有することが多い受刑者として,まず,犯罪のボーダーレス化に伴い,増加しつつある外国人受刑者が挙げられます。特に生活習慣・言語等を異にし意思疎通が困難な外国人受刑者については,処遇技法の開発及びその推進に加えて,二国間又は多国間における受刑者移送条約が外国人受刑者処遇の抱える問題点を解決するための一つの方策であることから,その締結や実施上の問題点についても検討する必要があります。
また,濫用による後遺症を抱えた薬物事犯受刑者の処遇については依然として大きな問題であり,さらに,男子受刑者とは種々の点で異なる配慮が必要とされる女子受刑者の処遇についても,今後,力を注いでいくべきです。このように,処遇上の問題を有することが多い外国人受刑者,薬物事犯受刑者,女子受刑者などに対する効果的な処遇を実施するためには,まず,彼らが有する特徴や問題点を分析し,それに応じた効果的な処遇技法を検討することが必要です。
以上の状況にかんがみ,本研修では,アジア・太平洋諸国,その他研修参加各国での矯正処遇を取り巻く今日的課題の現状と問題点を明らかにし,解決のための効果的な対応策を検討することによって,参加各国において矯正行政の一層の促進と発展を図ろうとする観点から,以下の諸点について検討が行われました。
(1)過剰拘禁の現状と問題点及び対策
- ア 過剰収容の実情及びその原因の分析
- イ 未決拘禁者の長期収容を緩和するための対策
- ウ 拘禁刑に対する代替的措置の効果的な活用
(2)収容環境の現状と問題点及び対策
- ア 各国における衣食住を中心とする被拘禁者処遇最低基準規則の充足状況
- イ 充足を妨げる要因及びその効果的な対策
- ウ 被収容者の健康管理の実情及び改善上の対策
(3)最近の受刑者の特徴と処遇上の問題点及び対策
- ア 外国人受刑者並びに受刑者移送条約の現状及び課題
- イ 薬物事犯受刑者
- ウ 女子受刑者
- エ その他の受刑者
2 客員専門家による講義の概要(講義日程順・肩書は講義当時のもの)
- (1)キャンディド・クーニャ氏(Mr. Candido Cunha)
欧州評議会法務部刑事司法課長
*講義テーマ
「欧州における受刑者移送の実施」 - (2)ソンブーン・プラソプンター氏(Mr. Somboon Prasopnetr)
タイ 内務省矯正局次長
*講義テーマ
「「過剰拘禁問題とその対応」
「収容環境問題とその対応」 - (3) ローレンス・L・モティウク氏 (Dr. Laurence L. Motiuk)
カナダ連邦行刑局調査研究部長
* 講義テーマ
「過剰拘禁問題とその対応」
「社会内処遇の活用」
「薬物,女子受刑者等の処遇」 - (4)ハンス・フォン・フォーファー氏(Dr. Hanns von Hofer)
スウェーデン ストックホルム大学犯罪学部教授
*講義テーマ
「外国人,薬物,女子受刑者等の処遇」
「社会内処遇の活用」 - (5)ルーク・グラント氏(Mr. Luke Grant)
オーストラリア・ニュー・サウスウェールズ州矯正局分類調査部長
*講義テーマ
「過剰拘禁問題とその対応」
「外国人,薬物,女子受刑者等の処遇」
3 特別講師(講義日程順・肩書は講義当時のもの)
- (1)小嶋 典明氏(警察大学校国際捜査研修所第一研修室長)
日本の警察制度 - (2)鶴田 六郎氏(法務省矯正局長)
矯正行政及びその当面する諸問題 - (3)馬場 義宣氏(法務省保護局長)
保護行政とその当面する諸問題 - (4)久我 澪子氏(国学院大学講師)
女子犯罪と女子刑務所に対する処遇 - (5)小柳 武氏(法務省矯正局国際企画官)
薬物事犯受刑者に対する処遇